こんにちは
最近日本でも利用可能になったインフルエンザの経鼻生ワクチン「フルミスト」の取り扱いについて、当院の状況をお問い合わせいただくことが増えてまいりましたので、現時点(2024年10月)での当院の考え方をお知らせしたく、記事を書かせていただきます。
本記事の結論は以下のとおりです。
現時点では当院でのフルミストの取り扱いは非常に限定的となる予定です。広く予約を受け付けることは行いません。
本記事の内容は当院の考えです。フルミストを取り扱うこと自体には肯定的ですので、何卒ご拝察ください。
当院でのフルミストの取り扱いを限定的とする理由のまとめ
(詳しい説明は下の方に書きます)
- 2018年にアメリカCDCがフルミストの推奨を再開して以降、信頼できるワクチン効果のデータがない。
- 少なくとも、不活化ワクチンと比べて効果が劇的に高いということはないと考えられる。
- 2016/17年の国内での試験結果は、不活化ワクチンとの比較を直接行ってはいないものの、良好と言える数字ではなかった。
- 現行のワクチンは、おそらく不活化ワクチンと同等の効果はあると推測されるが、データが乏しい。
- 効果の持続期間が長いことは期待できるが、不活化ワクチン2回分よりやや高い価格設定を正当化できるかどうか、微妙なところだと判断した。
よって、信頼できるデータが入手できるまでは、当院での扱いは限定的としました。
扱いを限定的とするとは具体的にどうなるか
Web予約は行いません。
持続期間が長いと期待されることと、注射が不要であることはメリットと考えております(注射を嫌がるのに鼻噴霧は嫌がらない子がいるのか、という疑問はありますが。。。)
このため、患者さんが希望される場合や、接種を希望されるものの注射がどうしても出来ない場合の選択肢として、若干の本数を確保しております。
以後すこし長くなりますが、考えていることをもう少し詳しく書かせてください。
フルミストのこれまでの歴史
従来のインフルエンザワクチンは、不活化ワクチンというもので、これはウイルスのごく一部の特徴的な断片のみを注射するものです。
生のウイルスを入れないので安全性が高いメリットが有る一方、複数回の接種が必要になる、効果期間がシーズンオフぎりぎりになる、という課題が有りました。
このような背景で、弱毒化したウイルスを直接鼻に噴霧する経鼻生ワクチンが開発され、2003年にアメリカで承認されました。商品名が「フルミスト」です。
とても良いアイデアであり、理論的には効果も高そうだと期待されましたが、日本ではなかなか承認されませんでした。有志による個人輸入により接種が行われ、実は私も当時輸入を試みたりしていました。懐かしいですね。
しかし、2016/17シーズンに、米国CDCはフルミストを推奨しなかったのです。これは、一部の株に対する効果が低いと疑われたためで、調査の結果、以下のような理由である事がわかりました。
- インフルエンザウイルスには多数の株があって毎年どんどん枝分かれしていっていますが、大ざっぱにいうとまず、A型とB型があります。
- A型にはさらに複数の流れがあり、概ね、H1N1の系統、H3N2の系統、H1N12009pdm(いわゆる新型インフルエンザ)の系統の3つに大別されます。
- このうち、H1N1新型インフルエンザ系統のウイルスの増殖が悪く、効果が弱かったようです。
製造会社(アストラゼネカ社)は、追加データを提出し、2018/19シーズンからは再び米国CDCは推奨に入れています。
ただし、扱いは他の不活化ワクチンと同等です。効果が特別高いとか、他のワクチンより優先されているような状況ではありません。
不活化ワクチンの効果とフルミストの効果
現行の不活化ワクチンの効果は
インフルエンザ不活化ワクチンの効果は、ワクチンに入っている株と実際に流行した株の違いによって毎年変わるのですが、概ねでいうと、だいたい60%前後です。
すこしややこしいですが、「ある集団でワクチンがなければ100人が感染していたはずのところ、ワクチンによって40人に減った」という意味です。
接種しても罹患する人はいますし、接種した人それぞれに実際に効果があったかどうかは絶対にわかりませんが、統計から計算するとこのぐらいの効果があるとわかっています。
ちょっと数字がでてきますよ。。。。
フルミストと比べたらどうなの?
経鼻生ワクチン(フルミスト)の効果が実際どうなのか、不活化ワクチンよりも効果が高いのかどうかというのは当然の疑問ですね。
ちょうど小児科学会が次のようなまとめを9月2日に出してくれています。
経鼻弱毒生インフルエンザワクチンの使用に関する考え方(PDFファイルです)
https://www.jpeds.or.jp/uploads/files/20240909_keibi_i_vaccine.pdf
これによると、
- 日本での有効性のデータは2016/17シーズンのものが最後であるようです。
- トータルでは28.8%の効果があるというデータです。この数字は、不活化ワクチンの60%前後とくらべて低いな、と感じますが、直接比較したわけではないので結論は出せませんし、出してはいけません。
- 中身を見るとH1N1に対する効果が今ひとつよくわからない(この年流行がなかったようです)のがまず1つ。
- 2016年という結構古いデータで、上記の「アストラゼネカ社が改善したあとのデータ」はありません。
同じシーズンで、不活化ワクチンと経鼻生ワクチンを直接比べたデータはかなり少ないです。
上記の文書に、国外での比較データもこの文書に示されていて、生ワクチンと不活化ワクチンでほぼ同等の効果がでているのですが、効果が低いと疑われたH1N1株に対するデータは示されていないのと、同じく2016/17シーズンのもので古いデータであるのが残念なところです。
米国CDCは今どう言ってるの?
Interim Estimates of 2023–24 Seasonal Influenza Vaccine Effectiveness — United States | MMWR
CDCのサイトを見てみますと、2023/24シーズンのデータで、ワクチンの効果が60%前後であるとされています。これは例年通りですね。
米国CDCは現在不活化ワクチンと経鼻生ワクチンを同等に推奨しており、このデータの上でも区別していません。
データを詳細にみて判断しているはずのCDCですから、おそらく経鼻生ワクチンと不活化ワクチンで同等の効果があるというデータをもっているのだと推察しますが、ちょっと明確ではありません。
しかし推奨はされているのですから、日本でも推奨されることは悪いことではないと思います。ただ、「フルミストが不活化ワクチンより高い効果をもっている」とまでは、現時点では言いすぎかな、と思います。
フルミストの接種非対象者に注意
なお、蛇足ですがフルミストの接種非対象者は不活化ワクチンより多いので、この点には注意が必要です。
不活化ワクチンの接種不適当者に加えて、以下の方には接種できません
- 年齢に制限があります(2~18歳が対象 それ以外は接種不可)
- 他の生ワクチン接種後、4週間以内
- 妊娠中の方
- 重度の喘息や繰り返す喘鳴(ゼイゼイ)の既往がある
- 免疫が低下している方とその同居者(抗がん剤治療中など)
- アスピリン服用中
- 卵白成分に対するアレルギー、アナフィラキシーのある方
(不活化ワクチンは、以上のいずれに当てはまっても接種できます。妊娠中の方は不活化ワクチンの積極的な接種対象です。)
結語
以上のような経緯、考えに基づいて判断し、当院では2024/25シーズンにおいては、「フルミストの取り扱いは限定的とし、予約は行わない」と判断しました。
もちろん、今後のデータ次第で判断を変える用意は十分にあります。
当院は、はっきりとデータが出たものは速やかに積極的におすすめする、しかしデータ不十分と判断したら余裕を持って保留する、という姿勢を基本としております。