こんにちは。
先日、医師会のお仕事として、ある新聞のコラムの原稿を書かせていただきました(まだ掲載はされていません)。
そこで、HPVワクチンの話を取り上げさせていただいたのですが、紙幅の問題もあり、書きたいことが全部はかけませんでした。こちらでもう少し詳しく書かせてください。
ここでは、2つのことを書きたいと思います。
1. どうしてHPVワクチンを勧めるのか
- 癌発症者だけではない、女性としての不安
- 小児科医の視点
2. HPVワクチンの副作用ってどうなの?
日本小児科学会、産婦人科学会を含む関連学術団体は、HPVワクチン接種を推奨し、接種勧奨の再開を国に強く要望しています。
「国による積極的な接種勧奨の差し控え」はまだ続いていますが、HPVワクチンが公費で接種できなくなっているわけではありません。
どうしてHPVワクチンを勧めるのか
子宮頸癌は、25~45歳を中心に若い女性に発生する癌です。
年間約1万人が発症し、年間約3,000人が亡くなります。
これらの「癌になる方、亡くなる方」のこと以外に、「女性としての不安」「小児科医の視点」についてお話しさせて下さい。
癌発症者だけではない、女性としての不安
子宮頸癌の検査や治療により、妊娠できなくなったり、後の流早産のリスクが増えるのはよく言われることですが、リスクは癌になった人だけにとどまりません。
「癌の可能性があるもの、癌の前段階」が見つかった場合、「円錐切除術」といって、「手術で子宮頚部の一部を切り取ること」が必要となる場合があります。この円錐切除術は、将来に妊娠したときの流産・早産のリスクを高めるのです。
また、円錐切除術の結果、癌ではなかった、あるいは首尾よく癌を取り切れたとしても、「自分は本当に癌ではないのか」「本当に取り切れたのか」「再発しないのか」といった不安を抱えたままで行きてゆくことになります。
実際に、日本では年間9,000人を超える女性が円錐切除術を受けています。
子宮頸癌とは、命の危険だけでなく、「癌になっていない女性」「癌を切除できた女性」にすら、リスクと不安を残していく病気です。
健診さえ頑張れば早期発見できるから問題ない、と言われることがありますが、早期発見できれば問題なし、という病気ではありません(そもそも、健診で早期発見できるのは50〜70%くらいですし)。
健診などで癌かどうかを疑われる以前に「癌の前段階にすらならない」ように予防できているほうがずっと良い人生になるでしょう。そのために予防接種という手段があるのです。
予防接種でも全ての癌を予防できるわけではありません(現在の4価のワクチンでは70% を予防します)ので、健診は引き続き重要です。しかし、海外ではすでに9価のワクチンの導入が進んでおり、このワクチンでは90%を予防することができます。
また、予防接種は、癌を減らすだけでなく、癌の前段階すら減りますから、円錐切除術を受ける女性も大幅に減らすことができます。
これだけのリスクを防ぐ手段があるのに、自分の子どもたちの世代に提供できていない、それは本当に、HPVワクチン自体のリスクに見合った選択なのでしょうか。
小児科医の視点
若年女性が亡くなる、あるいは治療によって生き残ったとしてもその過程で子宮摘出などを受けた場合、次の世代の子どもを産めなくなります。また上述のように、検査の過程で、後の妊娠時に不妊や流早産の危険性が上昇します。
HPVというウィルスは、女性の命だけではなく、彼女たちが産むはずだった次の世代の子どもたちの命すら、奪い続けているのです。数字には現れない部分です。
職業柄、子どもの命が失われる場に、何度も立ち会ってきました。余りの無念さに涙がとまらなかったり、自分の至らなさを心に刻まれる経験もありました。
一人ひとりの子どもについてすらそうなのに、今もなお、生まれるはずだった子どもの命が奪われ続けている、そしてそれを防ぐ予防接種という手段があるのに、普及できないままでいる、なぜ子どもの数が減っているこの時代に、こんなことがまかり通っているのか、そういったことに、強い焦燥感を覚えるのです。
HPVワクチンの副作用ってどうなの?
名古屋でのアンケート調査では、HPVワクチンを接種した人と接種していない人とで、色々な症状の発生率に差がないことが示されています。これは通称「名古屋スタディ」と呼ばれるものです。
【速報】HPVワクチンと「副反応」に関係がなかったことが明らかに!~「名古屋スタディ」の成果~
また最近は、コクラン共同計画により、HPVワクチンに深刻な副反応は確認されないという評価が公表されました。
英民間組織:HPVワクチン「深刻な副反応の証拠なし」 - 毎日新聞
(コクラン共同計画とは、論文として公表された科学的根拠を複数集約して、医療に関する非常に信頼性の高い情報を公表しているネットワークです。医者にとっては、水戸黄門様のようなものだと思って下さい。)
それでは、HPVワクチンの副反応だと言われ、報道もされたあの多様な症状は何なのでしょうか。これらの多くは、痛み刺激や不安などにより惹起された症状であると推測されています。
実際に上記の名古屋スタディにも結果が出ているとおり、それらはHPVワクチンを接種していない人にも同様に見られる、以前から我々小児科医が、この年代の子どもたちでよく見てきている、普遍的な症状なのです。
その中で、たまたま、HPVワクチンを接種したあとに発症したケースが、ワクチンとの関連を疑われましたが、よくよく調査してみたら関連はなかった、ということです。意外かもしれませんが、思春期とはそれだけ、多様で複雑な症状を呈しやすい年齢なのです。
個人的には、HPVワクチンは接種をお勧めして良いと思っています。公的なデータもそろってきて、数年前とは随分風向きが変わったことを実感しています。