「舌小帯短縮症」という病名があります。
舌小帯というのは、舌の裏側中央にあるスジのことで、唾液がでるあたり、というとわかりやすいでしょうか。
ここが先天的に短く、舌の形がハート型に大きく変形するほどであると、食べ物を噛む時に問題がでたり、構音障害で舌足らずな話し方になったりすることがあります。
かつて、哺乳に問題がある赤ちゃんで、「舌小帯短縮が原因だ」と言われて、「切除」されていた時代が、あったそうです。実際には舌小帯の短い赤ちゃんでも殆どは問題なく哺乳できますし、哺乳障害には他の原因があることが多いです。
しかし現在でも、舌小帯短縮が哺乳障害の原因かもしれない、として、切除処置をされる場合があります。歯並びが悪くなるとか、アレルギーだとか睡眠時無呼吸の原因と言う人も居ます。
さらに、呼吸障害と関連がある、乳幼児突然死と関連がある、などと、極端なことを言う方々もいらっしゃいます。
データはないのにもかかわらず、舌小帯切除の有効性を声高に主張する方もいらっしゃって、このあたりがもう幾つ巴かわからないくらいの論争になったりして、こうしたことを記述すること自体が憚られるような空気さえ、未だにあるのです。
現在までの冷静な議論の結果では、殆どのケースで舌小帯短縮は何の症状も呈さないことが分かっており、哺乳障害の改善を目的とした舌小帯の切除は無益であるとされています。
しかし今でも、母乳の飲みが悪かったり、体重の増えが悪かったりする赤ちゃんに、舌小帯の切除を勧められることが、あります。
また、乳児期をすぎても、舌足らずな話し方をするだけで早期の手術を勧められたり、インターネットには不安を煽るような情報が溢れているという現状があります。
別に切ったところで、その子に害があるわけではないので、もしお子さんがそのような処置をされた場合でも、それはそれで気にしないで頂きたいですが、医療者の側は、現在は不要とされている、という知識をしっかりと共有しなければなりません。
現時点での、「舌小帯短縮症」に関してのコンセンサスは、以下のとおりです。
・舌小帯短縮が哺乳障害の原因となることは、よほど強い短縮でない限り、ありません。
・歯並びの悪さ、アレルギー、睡眠時無呼吸、乳幼児突然死との関連を示すデータもありません。
・新生児期から乳児期にかけての時期に、舌小帯を切除する必要がでてくることは、普通はありません。
・3歳以降に構音障害があり、訓練を行っても改善せず、舌小帯が原因と考えられる場合、だいたい5歳以降で手術適応かどうかを判断されます。
・また、食べ物をこぼすなどの機能障害がある場合も、手術が検討されます。
・仮にあなたのお子さんが切除をなさったとしても、いまお元気にされているのでしたら、何も気にしないで下さい。切除に悪い影響があるわけではありません。